2022年12月16日
さるぼぼ・・・ドライブイン数河
歳をとると色々な別れを経験する。
それは、人であったり物であったり釣り場であったり。
今日は子供の頃から何度も訪れていた思い出の、
『ドライブイン数河(すごう)』
まで、、、もはや、旧車というカテゴリーに片足を突っ込みつつある愛車を走らせてきた。
それは、幼いころから事あるごとに通った思い出の場所。
父親に、
「団子食べにドライブに行くか!?」
と言われると嬉しくて、
「行く行く!!」
と頷いていた。
片道約1時間の思い出の地…今は引っ越して片道1時間半になったが。
「みだらしだんご」や「五平餅」に飲食スペースの「蕎麦」、、、
はたまた何故か地下にあるトイレ、道を挟んで向かいにある動物の像など、今でも鮮明に記憶が映像となって蘇える。
帰る前に売店で選ぶ漬物やお土産、渓魚の甘露煮も楽しみだった。
焼きたての「みだらしだんご」は「みたらし団子」と違って醤油味で、軽く焦げた表面がとても香ばしい思い出の団子である。
幼い頃の自分にとって、団子と言えばこれだったので、、、
初めて本家みたらし団子を食べた時には、その甘さとウェットさに反射的に「うげっ」となってしまった。
道中、眼下に広がる懐かしい景色で色々なことを思い出しながら数河ドライブイン跡地に辿り着くが、、、
入口に進入禁止のコーンが立っていたのでしんみりしながらもう少し先まで。。。
小学生の頃に嫌というほど連れて行ってもらった、「飛騨ハイランドスキー場」前で折り返した。
『親』になると不思議なもので、自分が子供の頃によく連れて行ってもらっていたところに「我が子を連れて行きたい」と思うのだが、、、
そこがすでに存在していないという現実に直面することも多い。
先日、自分が子供のころから通っていたラーメン屋が閉店した。
夫婦で経営されていて、富山では唯一無二、「そこだけのホッとする美味しいラーメン」だった。
幸い我が子もその味を気に入って、親子二代で通っていたのだが突然の閉店の知らせ。
正直へこんだ。
と同時に、我が子にもこの味を経験させてくれてありがとうという気持ちにもなった。
長生きできるとは思っていないので、残り約半分の人生。
いつ何があるかは分からないが、我が子が一人で生きて行けるようになるまではなんとか頑張りたいと思う。
旧車に片足突っ込んだ愛車…ノスタルジーでアンニュイな旅、、、
往復でリッター16.7km…エコカーじゃん!!

それは、人であったり物であったり釣り場であったり。
今日は子供の頃から何度も訪れていた思い出の、
『ドライブイン数河(すごう)』
まで、、、もはや、旧車というカテゴリーに片足を突っ込みつつある愛車を走らせてきた。
それは、幼いころから事あるごとに通った思い出の場所。
父親に、
「団子食べにドライブに行くか!?」
と言われると嬉しくて、
「行く行く!!」
と頷いていた。
片道約1時間の思い出の地…今は引っ越して片道1時間半になったが。
「みだらしだんご」や「五平餅」に飲食スペースの「蕎麦」、、、
はたまた何故か地下にあるトイレ、道を挟んで向かいにある動物の像など、今でも鮮明に記憶が映像となって蘇える。
帰る前に売店で選ぶ漬物やお土産、渓魚の甘露煮も楽しみだった。
焼きたての「みだらしだんご」は「みたらし団子」と違って醤油味で、軽く焦げた表面がとても香ばしい思い出の団子である。
幼い頃の自分にとって、団子と言えばこれだったので、、、
初めて本家みたらし団子を食べた時には、その甘さとウェットさに反射的に「うげっ」となってしまった。
道中、眼下に広がる懐かしい景色で色々なことを思い出しながら数河ドライブイン跡地に辿り着くが、、、
入口に進入禁止のコーンが立っていたのでしんみりしながらもう少し先まで。。。
小学生の頃に嫌というほど連れて行ってもらった、「飛騨ハイランドスキー場」前で折り返した。
『親』になると不思議なもので、自分が子供の頃によく連れて行ってもらっていたところに「我が子を連れて行きたい」と思うのだが、、、
そこがすでに存在していないという現実に直面することも多い。
先日、自分が子供のころから通っていたラーメン屋が閉店した。
夫婦で経営されていて、富山では唯一無二、「そこだけのホッとする美味しいラーメン」だった。
幸い我が子もその味を気に入って、親子二代で通っていたのだが突然の閉店の知らせ。
正直へこんだ。
と同時に、我が子にもこの味を経験させてくれてありがとうという気持ちにもなった。
長生きできるとは思っていないので、残り約半分の人生。
いつ何があるかは分からないが、我が子が一人で生きて行けるようになるまではなんとか頑張りたいと思う。
旧車に片足突っ込んだ愛車…ノスタルジーでアンニュイな旅、、、
往復でリッター16.7km…エコカーじゃん!!
2022年02月03日
私が【YouTube】を始めた理由…邂逅カタルシス

そう、
直接的な理由といえば、
「嫁ちゃんが会社の懇親会でゴープロ(Go Pro)をゲットしてきたから」
だったのである。
しかし、それは最後の一押しであって、動画投稿に至った「理由(わけ)」を説明するにはもっと過去にまで遡る必要がある。
…時を中学生の頃にまで巻き戻す。
当時の私は、日曜日の早朝に放送されるダイワの「ザ・フィッシング」を楽しみに、毎週欠かさず見ていた。
それは高校生になっても続き、
テレビの中で活躍する村越正海さんや中井一誠さんに憧れて、
「いつか自分の釣りを映像として人に見てもらいたい」
そんな想いが芽生えていた。
その想いは、輪郭ははっきりとはしないのだが確実に自分の心の中に生きていて、
時々膨らんでは萎む、やっかいな存在でもあった。
そんな「想い=ヤツ」のせいで?同級生のポリちゃんとザ・フィッシングの名物企画、
『フィッシング甲子園』
に応募したりも…
応募書類の自由記述欄に、
「応募者の中で一番釣りが好きなのは自分だ!!」
なんてことを書いたっけ。
中二臭がするが、それが当時の自分の嘘偽らざる本心だった。
そして、当然のように書類選考で落ちた。
それからいくらか時が過ぎ、社会人生活にやっと慣れてきた頃、
ふいに、再び「ヤツ」が膨らんだ。
気が付けば、ある雑誌に尺メバルの画像数点と共に企画書にもなっていないアピール文を送っていた。
しかし、それにまさかの返信が…
「丁度北陸地区で書いてくれる人を探していたので、北陸のルアーフィッシングを紹介する記事を書いて欲しい」
まさかの反応に舞い上がって、その後数回やり取りをすると、突然返信が来なくなった。
今思えば青臭いし面倒くさい野郎である。
相手をして下さった雑誌社の方に感謝である。
それからさらに何年もの時を経て、「不条理」と「しがらみ」に満ちた世の中をフラフラと歩いていくと、世間の中での「自分の立ち位置」というものがなんとなく分かってくる。
その頃には「ヤツ」もなりを潜めていたのだが…
そこに突然ゴープロという「きっかけ」が転がり込んだのだ。
せっかくだし撮ってみるか…
「ユーチューブで稼ぐ」なんて事は全く考えずに1本目の投稿。
これ、今見るとただ釣りをしてるだけの動画なのだが投稿から1日で200回くらい見てもらえて、すごく嬉しくて恥ずかしかった事を思い出す。
当時の動画のコンセプトはブログでも同じだったのだが、
「身内が見て楽しんでもらえるものを作る」
であった。
実はこれ、今も基本的には変わっていない。
※ちなみに収益化を目指すなら一番駄目なやつである
当時はカメラに向かって喋るなんてハードルが高すぎたし、
いざ声出し動画を撮ろうとした時も、最初のひと声を発するまでに1時間以上葛藤したものだ。
最近の動画では普通に喋っているように見えるが、実は未だに素の自分は出せていない。
よく身内から、
「真面目過ぎる」
とか、
「いつもの○○じゃない」
とツッコミが入る。
それでもありがたいことに少しずつ見てくれる人が増えてきて、
何度か実験的に「狙った動画」なんかも投稿してみたのだが…
確かに視聴回数とチャンネル登録してくれる人は増える。
しかし、
「何か違う…」
と思ってしまう自分もいて、結局自分が撮りたい動画を撮ってしまう。
そんな自分勝手なチャンネルが『釣る乗る遊ぶ』なのである。
そういえば最近、最初のコンセプトに1つだけプラスしたものがある。
それが、
「せっかく見てくれた人に一つでも良いからプラスになる情報を届けたい」
である。
歳をとって少しだけ外向きになったのだろうか?
最後に、
釣り動画の投稿については色々思うところがあるので、この先突然やめるかもしれないしずっと続くかもしれない。
ただただ、子供達にこの素晴らしい遊びを残したいという想いと共に。
2019年05月03日
PHASE 5
【宝物?】

PHASE 1
PHASE 2
PHASE 3
PHASE 4
幼少期、衝撃的な釣りとの出会いから早十余年。
どっぷりと釣りにはまった僕は思春期を迎え、ソルトルアーと並行して本気でバスを追いかけていた。
「バスプロになりたい。」
そんな気持ちを胸にしまい込んで5年制のとある学校へと進学する。
新しい環境にも馴染んで気の合う友達もできた。
しかし、何故だろう??
周りにはおろか、新しくできた友達にも釣りをしている事を言えなかった。
「釣り=ダサい」
そんな思いが心の堤防になっていたのだ。
決して決壊しないように・・・
ガチガチに固めた強固な堤防で、今にも溢れ出そうな強烈な釣りへの想いをなんとか抑えていた。
楽しい学生生活。
そこに嘘は無い。
しかし、心の奥で感じる虚無感。
・・・原因は分かっていた。
そんな中、初めての宿泊研修を迎える。
何人かの相部屋、二段ベッドの上でボーっと過ごしていると、下からなにやら気になる話が聞こえてきた。
「・・・ぼそぼそ、ルアーが、ぼそっ、キャストしたら・・・ぼそっ。」
思わず聞き耳を立てていた。
「あれっ? 同じクラスに釣り好きの奴なんていたっけ??」
ベッドの上からそっと確認する。
「あっ、Aだ。 そういやあんまりしゃべった事ないな。」
次の瞬間ベッドの上から話しかけていた。
それがまさに、、、
心の堤防が決壊した瞬間だった。
一度話し出したらもう止まらない。
巨大なダムの水の如く溜まった釣りへの想いが一気に溢れ出る。
バスの話、海のルアーの話、最近買ったパシフィックファントムXの話・・・気が付けば何時間も経っていた。
ちなみに後々分かるのだが、
「変な奴」
という括りでは同じなのだが、自分とAの性格は正反対。
しかし何故か趣味は共通点が多く話が合う。
打ち解けてからは釣りの話、宇宙科学の話、音楽の話と、どれだけしゃべってもネタは尽きることなかった。
ただし、、、
釣りの話をする時だけは周りに聞かれないように教室の外にAを引っ張り出していた。
当時の自分は「本当の自分」をさらけ出せない青臭い奴だったのだ。
そんな二人の学生時代。
NBCに入会し、バスプロを目指してオカッパリトーナメントに参戦してみたり、富山で開催されたロックフィッシュトーナメントに出場してみたり、フィッシング甲子園に応募したり、山奥で横転してみたりと、、、5年間の学生生活を謳歌した。
そして迎えた卒業。
Aは県外に進学してそのまま就職。
自分は地元から出たくなかったので県内で就職した。
しかしその数年後、まさかの出向を言い渡される。
・・・そして出向先は何故かAの会社のすぐ近く。
「これが腐れ縁というものなのか??」
結局出向先でも慣れない海で池で、Aと一緒に釣りを満喫した。
そして決まった時は心底嫌だった出向。
しかし、気が付けば新しい土地に馴染んでいて、そこでたくさんの出会い、新しい友との出会いもあった。
出向先での最後の出勤日、朝礼のあいさつで思いが込み上げて泣いてしまった。
今はそれも良い思い出である。
Aとは年に数回しか一緒に釣りができなくなったが、相変わらず会う度アホな話で盛り上がる。
平成から令和へ。
守っていきたい宝物は沢山ある。

PHASE 1
PHASE 2
PHASE 3
PHASE 4
幼少期、衝撃的な釣りとの出会いから早十余年。
どっぷりと釣りにはまった僕は思春期を迎え、ソルトルアーと並行して本気でバスを追いかけていた。
「バスプロになりたい。」
そんな気持ちを胸にしまい込んで5年制のとある学校へと進学する。
新しい環境にも馴染んで気の合う友達もできた。
しかし、何故だろう??
周りにはおろか、新しくできた友達にも釣りをしている事を言えなかった。
「釣り=ダサい」
そんな思いが心の堤防になっていたのだ。
決して決壊しないように・・・
ガチガチに固めた強固な堤防で、今にも溢れ出そうな強烈な釣りへの想いをなんとか抑えていた。
楽しい学生生活。
そこに嘘は無い。
しかし、心の奥で感じる虚無感。
・・・原因は分かっていた。
そんな中、初めての宿泊研修を迎える。
何人かの相部屋、二段ベッドの上でボーっと過ごしていると、下からなにやら気になる話が聞こえてきた。
「・・・ぼそぼそ、ルアーが、ぼそっ、キャストしたら・・・ぼそっ。」
思わず聞き耳を立てていた。
「あれっ? 同じクラスに釣り好きの奴なんていたっけ??」
ベッドの上からそっと確認する。
「あっ、Aだ。 そういやあんまりしゃべった事ないな。」
次の瞬間ベッドの上から話しかけていた。
それがまさに、、、
心の堤防が決壊した瞬間だった。
一度話し出したらもう止まらない。
巨大なダムの水の如く溜まった釣りへの想いが一気に溢れ出る。
バスの話、海のルアーの話、最近買ったパシフィックファントムXの話・・・気が付けば何時間も経っていた。
ちなみに後々分かるのだが、
「変な奴」
という括りでは同じなのだが、自分とAの性格は正反対。
しかし何故か趣味は共通点が多く話が合う。
打ち解けてからは釣りの話、宇宙科学の話、音楽の話と、どれだけしゃべってもネタは尽きることなかった。
ただし、、、
釣りの話をする時だけは周りに聞かれないように教室の外にAを引っ張り出していた。
当時の自分は「本当の自分」をさらけ出せない青臭い奴だったのだ。
そんな二人の学生時代。
NBCに入会し、バスプロを目指してオカッパリトーナメントに参戦してみたり、富山で開催されたロックフィッシュトーナメントに出場してみたり、フィッシング甲子園に応募したり、山奥で横転してみたりと、、、5年間の学生生活を謳歌した。
そして迎えた卒業。
Aは県外に進学してそのまま就職。
自分は地元から出たくなかったので県内で就職した。
しかしその数年後、まさかの出向を言い渡される。
・・・そして出向先は何故かAの会社のすぐ近く。
「これが腐れ縁というものなのか??」
結局出向先でも慣れない海で池で、Aと一緒に釣りを満喫した。
そして決まった時は心底嫌だった出向。
しかし、気が付けば新しい土地に馴染んでいて、そこでたくさんの出会い、新しい友との出会いもあった。
出向先での最後の出勤日、朝礼のあいさつで思いが込み上げて泣いてしまった。
今はそれも良い思い出である。
Aとは年に数回しか一緒に釣りができなくなったが、相変わらず会う度アホな話で盛り上がる。
平成から令和へ。
守っていきたい宝物は沢山ある。